2020年11月

今春、一人息子が就職して、私たち夫婦はキャンプを始めました。


きっかけは家内が春頃、ホームセンターで3人用テントと焚き火台を共に3千円台で買って来た事から。

理由は妻が子供の頃の風呂は五右衛門風呂で、毎日、薪で火を起こすのが当番だったそうです。

そして今でも時々、ゆらゆらと燃える火を見たくなるのだとか。

私は屋外だったら煙を気にせず、ジンギスカンを思う存分食べられるだけでOK。

こうして二人の利害が一致し、寝袋は二つあったので、私と休日が合わない息子は抜きで出かけるようになりました。


今までも休日は、家で妻の手料理とワインがあれば十分幸せなのですが、

二人でテントを張って火を起こした後、椅子に座って空や夕陽を見ながらグラスを傾けていると、

何と言うか喜びとか満足感が全然違うのです。

外が明るいうちは、ビール(正しくは第三のビールで、ホワイトベルグ)と、

あられのひねり揚げ(オタル製菓の横綱)があれば、チープでも最高に幸せです。

そして日が暮れてくると、ジューという音と共に夕食が始まりワインの登場です。

私が屋外で食べたいお肉は、風味豊かな羊。

理想はフレンチ・ラムラックと呼ばれるあばら骨付きの部位が最高ですが、

無ければ生ラムを厚め(できれば厚さ8ミリ程)にカットしてくれる肉屋さん(私のお薦めは塩原精肉店)を探してください。


一般に成熟した羊肉は風味が強く、ボルドー地方産の赤ワインか、カリフォルニア等のフルボディ・タイプの赤が合いますが、

子羊だと風味も穏やかなのでピノ・ノワール種の赤でも楽しめます。

こうして厚切りの羊肉とワインを用意して、自然の中で焚き火を見ながらゆっくり楽しんでいると、

私の感覚ですが美味しさは2倍近くになる気がします。

ただキャンプは初心者なので、不備な面は多々あります。

枕は家から持参した方が熟睡できるとか、夜に使うライトをぶら下げる方法とか、実際にやってみて初めて気が付くことばかり。


でもキャンプはとても楽しくて、気付いた問題点は次回に改良すれば良いのです。

キャンプ場で周りをを見回すと、テントは有名メーカーの豪華な物ばかりで、

うちの様な3千円台のテントはいませんが、今の所は何も問題は無かったです。

興味のある方は来年に向けて、ご家族で、ご夫婦で、

あるいは今流行りのソロキャンプ(お一人様)でも、一度トライしてみてはいかがでしょうか。

藤井 敏彦

2020年10月

今春、一人息子が就職した為に、休日は夫婦だけで出かけることが増えました。


こうして9月の休日、家内と二人でモエレ沼公園に行って来ました。

前回ここに来たのは、まだ子供が小さかった10年以上前。

その時、私たちの目は子供しか見ていなかったのでしょう。

改めてゆっくりと公園を眺めると、全体で100ヘクタール以上という規模以上に設計者イサム・ノグチ氏の才能と、

その遺志を受け継ぎ20年以上かけて公園を整備、発展させて来た札幌市のエネルギーに圧倒されました。


前回来た時もモエレ山や、ガラスのピラミッドはありましたが、今思うに眺めていただけだったのでしょう。

今回、山を登ったり公園内を散策していると、大きな神の手のひらの中で、私はもてあそばれているような気持ちになりました。

公園内の山も、木も、土も水も自然の物ですが、植物が一糸乱れずに並んでいる様は雑木林とは異なり、

私の脳裏にはエジプトのピラミッドが思い浮かびました。

更に十数年前には無かった施設が幾つか増えており、多分、長期的な計画で今も完成に向けて工事が続いているのでしょう。

自宅へ運転中、札幌の市民税は有意義に使われているなぁと嬉しい気持ちになりました。


さて夕方になり公園を出て三角点通りから家に向かうと、見知らぬスーパーを発見して入店します。

ここ「スーパー・マルコ」は入口から活気があり、私はワクワクしながら奥に進みます。

そして見つけたのは生きの良いイワシが12匹以上入って98円!

前の晩に赤ワインを買っているので今夜はお肉と思っていましたが、今日はイワシのトマト煮込みにしませんかと私から提案。

始め家内は魚の下処理の数の多さに難色を示しましたが、代替のメニューが思い浮かばずイワシを購入。


夕食は安価な南イタリアの赤、サリーチェ・サレンティーノ・リゼルバ2014年と、

家内が作った、イワシのトマト煮を美味しくいただきました。

皆さんもモエレ沼公園で雄大なイサム・ノグチ・ワールドを体験していただき、

帰りにスーパーマルコでお買い物のドライブコースはいかがでしょうか。

そしてモエレ沼が気に入った方には、美唄のアルテピアッツァをお薦めします。

こちらは山の裾野で高低差のある敷地の中、廃校になった木造の小学校を利用し、

安田侃(ヤスダ・カン)氏の作品と自然とが調和した素晴らしい公園の美術館です。


藤井 敏彦

2020年 9月

例年の夏休みは妻の実家の東京に行くのですが、今年はコロナで帰省できず道東旅行に行きました。

そして酒関係で道東と言えば、厚岸(アッケシ)のウイス キー蒸溜所。今年はここに行って来ました。


厚岸と言えばカキですが、私にとってはウイスキーの厚岸蒸溜所。

通常ここの蒸溜所見学は、厚岸の道の駅とレストランが入る公共施設「コンキリエ」が窓口となって行っていますが、

コロナの影響で中止のまま。そこで酒小売店の特権を使ってお願いをして、今回は例外的に見学を許されました。


当日は約束の時間より早めに厚岸に着き、前述のコンキリエ内の炭焼きの店で昼食。

そこはお店の入口にある水槽や冷蔵ケースの中から魚介類を選び、会計を済まして店内のテーブルに着き、

セットされた炭焼き台で自分で焼いて食べるスタイル。

通常のカキは炭火で焼き、地元でも貴重なカキの「カキえもん」は生でいただきました。

こうして腹ごしらえを終えて、昼から蒸溜所に向かいます。

実は今回、見学は認められましたが、コロナの影響で蒸溜器のある建物は外のバルコニーから窓越しの見学しか出来ませんでした。


まずは事務所に入り、製造担当課長の田中さんより説明を受けます。

この蒸溜所のスタートは、ここを運営する堅展実業(ケンテンジツギョウ)の社長さんがウイスキー好きであったこと。

そしてウイスキーの中でも特に個性の強い、スコットランド・アイラ島産のモルト・ウイスキーを目標に計画が始まりました。

目標が明確だったので、日本の中でアイラ島の特徴である3つの特性

(冷涼で湿潤な気候、スモーキーな香りの元となる泥炭(デイタン)層と豊かな水源、カキの産地)を

持つ土地を探しをして行くと、 必然的に厚岸に決まったそうです。


ウイスキー製造を始めた「堅展実業」は、日本の食品製造会社に様々な原材料を輸入販売しています。

厚岸蒸溜所の所長である立崎氏は、元々大手乳業メーカーで管理職を務めており、

その取引業務で堅展実業の樋田(トイタ)社長と出会いました。

そこで才能と情熱を合わせ持った立崎氏に、樋田社長は自身の夢であるウイスキー製造の話をして、

もし現実となったら手を貸して欲しいと依頼します。

しかしプロジェクトが動き出すと、50歳目前で大企業の管理職という立場、

東京から最北の地への単身赴任もあって、一旦は依頼を断ったそうです。

しかしゼロから蒸溜所を建てて、ウイスキーまで仕上げるような壮大な仕事のロマンを思うと心は次第に傾き始め、

最終的には家族も理解を示して転職を決めたそうです。


さて、日本の基準ではウイスキーに樽熟成期間の規定はない為、

蒸溜後の樽熟成が1年未満でもウイスキーを名乗れますが、本場スコットランドでは3年以上の樽熟成が必要です。

厚岸では自主基準で本国と同様の3年以上の樽熟を経て発売の予定でしたが、

地元の方々だけでなく多くのウイスキーファンより、途中経過の製品でも味わってみたいという声が高まりました。

そこでウイスキーと名乗らずに「厚岸ニュー・ボーン」という名で、

No.1から4まで仕込みや樽材を変えた若い原酒を随時発売した所、

大変な人気となり欧米のウイスキー専門誌でも90点オーバーの評価を受けました。


そして2020年2月に3年以上樽熟成を行った、

厚岸初のウイスキー規格が「サロルンカムイ(アイヌ語でタンチョウ鶴)」という名で発売されました。

この複雑で力強く、厚みのある味わいは非の打ちどころが無く、

サンフランシスコのワールドスピリッツ・コンペティションで最高金賞受賞もうなずけます。

しかし当社への割り当ては僅かで販売は出来ず、現在は店内の立ち飲みカウンターで試飲のみの形です。

当社の屋号はワインショップなので、ウイスキーにそこまで力を注がなくてもいいのではとも考えますが、

同じ北海道でゼロから始めた造り手を少しでも応援したいのと、旅行で来たお客様からの要望もあって続けています。

堅展実業の社長さんが、ウイスキーを味わい感動したことからこの事業が始まりました。

当社で味わい感動した方が、ニッカさん、厚岸さんの次の蒸溜所を作るかもしれないと思いながら、私は毎日仕事を続けています。

藤井 敏彦

2020年 8月

7月、私は積丹に行って来ました。

皆さん、この時期はウニ丼目当てと思うでしょう。

確かにウニは欲望の片隅にはありましたが、1番の目的は積丹スピリットの蒸留所見学です。


この会社は蒸留器を持ってスピリッツ(高アルコールの蒸留酒)を造っていますが、

このお酒に風味付けをする為のボタニカル(木の実や、ハーブ類)の多くを自社畑で栽培しているのです。

通常ジンの蒸留所では、高アルコール原酒に購入したボタニカルを数種類入れ、それを蒸留してジンを造ります。

しかしここでは、まず自社農場のボタニカル・ガーデンを拓き、

4年間かけてハーブ類を自社栽培と乾燥や熟成をさせて、

5年目の今年に蒸留器を設置して酒造りを始めました。

例えて言うならカレーを作るのに、クミンを始めとする香辛料の元となる薬草類を育て、

その葉や実を乾燥して、香辛料を作ってから、カレーを作り始めるような事です。


さらに通常のジンでは、ジュニパーベリー(西洋ねず)の実を主体(7~8割程)に、

更に10種類ほどのボタニカル類を加えたミックス・ハーブを作り、

アルコール原酒に入れて風味を付けてから蒸留します。

しかしここ積丹では、輸入に頼るジュニパーベリー以外で、

味わいの鍵となる地元のボタニカル(赤エゾ松の新芽、オオバコロモジ、キハダの実、エゾヤマモモ、他)を、

その各品種に適した方法で個別に蒸留し、

単一ボタニカルのジンを7種(試験蒸留では20種類を製造済)造ります。

その単一品種のジンを、ジュニパーベリー主体のジンにブレンドする方法で製品を造ります。

分かりやすく言うと、全部のハーブをごった煮にせずに、

各ハーブのエッセンスを作り、それを香水のブレンダーと同じ手法でお酒に仕上げるのです。


こうして出来た積丹ジン「火の帆(ホノホ)・KIBOU(キボウ)」を味わった時、

私はジンというカテゴリーを超えた、全く新しいお酒の誕生を感じました。

フランスかぶれ的に言うと、命の水「オー・ド・ヴィー」か、

森の精「エスプリ・ド・ラ・フォレ」といった感じでしょうか。

「急がば回れ」と言う言葉は知っていても、実際には中々出来ない現実の中で、

こうして手間と時間をかけて造られたお酒には凄まじい力を感じました。


さて、虫に刺されながらハーブ農園を見学し、

試飲を終えて蒸留所を後にした私と家内は、

10年以上前に宿泊した「なごみの宿いい田」さんに向かいました。

積丹スピリットの社長さんに近所でお薦めの宿を伺うと、

「いい田」を紹介されたので今回も予約を入れました。

あとはお風呂に入って、ごはんを食べるだけ。

ここは民宿的な宿ですが、料理が凄いのです。

ススキノの和食店で修業された息子さんが作る魚介のコース料理、

そして2色のウニはその甘さと美味しさに私と妻はしばし無言で食べ続けました。


事前にワインの持ち込みをお願いして、持ち込み料を払い、グラスも持参しました。

持参したワインは白がドイツのリースリング種のトロッケン(辛口)タイプと、

赤は少し熟成したカリフォルニアのピノ・ノワール種。

始めはこの料理には白が合うとか、赤の方が、、と話していましたが、

正直、ウニが出て来た後の事はあまり覚えていません。


とにかく今の積丹には、私の心を狂わす物がありました。

時期は限られますがウニ。

そして、おばあちゃん家に泊まった様なしつらえと、素晴らしい食事の「いい田」。

更に、新しい積丹産のジンは9月末頃には当社に再入荷する予定です。

私が命の水「オー・ド・ヴィー」と感じた、強烈で風味豊かなスピリッツを味わってみませんか。


藤井 敏彦

2020年 7月

今月は音楽の話。

私は流行りの音楽を聴くのが大好き。

中学の頃に流行っていたフォーク・ミュージックから始まり、

ロック、ブルース、ソウル、ジャズと、節操なくカッコいいと思うものを聞いて来ました。

そして今の私のお気に入りは「クオシモード」と、「インディゴ・ジャム・ユニット」で、

共に今は解散した日本人のジャズ・ユニットです。


2つのグループは共にメンバーは4名で、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッションという構成。

特にインディゴの方は、この4人が自身の楽器で戦うように、他のメンバーと応戦を繰り広げ、

もう一方のクオシモードはバトルをしながら、メロディも重視といった所でしょうか。

それでもこの2グループ一番の見せ場は、ドラムとパーカッション二人の打楽器による応戦です。

ただ、誰もがこの音をカッコいいとは思わないようで、

家内と二人でドライブ中に私がこの2グループのCDをかけていると、

「聞いていると、何か急かされているような気持ちになるので、止めて!」と言われてしまいます。


こう考えると家内とは映画の趣味も、音楽も、食べ物も、

突き詰めると全ての好みは違っていますが、今のところは夫婦を続けています。

子が「かすがい」なのでしょうが、息子は息子で映画はあまり好きではなく、音楽の趣味も全然違います。

でも考えてみたら私の両親も全く好みは別でしたから、

何とか妥協点を探りながらでも一緒に暮らすのが家族なのかもしれません。

無理して合わせようとはせずに、お互いの個性を尊重しながら家族を続けて行く事こそ、平和の第一歩かなと思います。


藤井 敏彦

2020年 6月

今月は息子と車のお話。

39歳でやっと結婚が出来、42歳で息子が生まれた晩熟の私(笑)。

その息子も18歳になり、遂に車の免許を取りました。

今、私の車は初期型の古い日産ノートでオートマですが、前の車は「おフランス」製のポンコツ・マニュアル車。

「男ならマニュアルだ!」という親父のたわ言を聞いてくれ、試験場がコロナ閉鎖になる目前で免許を取りました。


例えば自動車保険。

今まで事故もなく、車も古い為に安かったのですが、

30歳以上の条件から、18歳でも保証する「年齢制限無し」になると、保険料は2倍以上!

そして車の前後には、初々しい若葉のマークが付きました。


さて私にとって最初の車は、1980年頃会社で買ったスズキ・アルトで、価格は最安値の全国一律47万円。

当時、フジヰは地下街ポールタウンにあり、店頭販売だけの酒屋でした。

その頃、軽自動車の価格は60万円以上でしたので、フジヰが配達用に買える車はアルトだけ。

ペナペナなトタン板で作ったような車体は550kgと軽く、

2サイクル3気筒のエンジンは550CCでしたが低回転からスムーズに吹け上がり、

板バネでリジット・サスペンションのリアがピョンピョンと跳ねながら走っていました。


話は戻って息子の話。

運転はビュンビュン飛ばす私と違い、息子は静かでスムーズなスタイル。

私が助手席でツベコベ言っても、マイペースで運転しています。

今乗っているノートは2005年車ですが、

ワインを扱っていると感覚がズレて05年産はそろそろ飲み頃と思って、私はまだまだ乗るつもり。

息子の車の好みは分かりませんが、私は61歳になっても二人乗りのスポーツカーに憧れる永遠の車少年です。


藤井 敏彦

2020年 5月

今月は何を書こうか?

毎月の締め切りが近づくと、私の頭の隅にはその思いが潜んでいます。

ただ今月は、「コロナの事だけは書きたくない!」という気持ちが大きくなって来ました。

今までの我が家では、息子がつけなければテレビは消えていて、

1日に1度もテレビを見ずに過ごす事がよくありました。

でも今日の感染者は何人か?

ダイヤモンド・プリンセス号は?

東京オリンピックは?

志村けんが、と毎日、毎日、新たなニュースが入ってくると、

NHKニュースから他局のニュースへと、どんどんチャンネルを変えて見入ってしまいます。

そんな状態が1ヶ月以上も続いたせいで、今うちのテレビはずっと点きっぱなしです。

家でも、職場でも気を使い、手洗い、マスク、外出は三密を避けて行動していますから、

もうテレビのニュースは止めて、翌朝の新聞でいいんじゃないかという気になってきました。

もちろんテレビが悪いのではなく、ウィルスや病気が敵であって、役所や医療機関の方は戦い続けています。


でもせめて仕事を終えて家にいる時は、コロナのニュースは止めて、

好きな映画を観たり音楽を聴いたり、ちょっと美味しいものを食べたりして、

これから私はリラックスしたいと思います。

そして翌朝から、また仕事と共にコロナと戦いましょう。

このメリハリがあれば、長期戦になっても頑張り続けることが出来そうな気がします。

敵の脅威には、恐れるだけでは勝てません。

緊急事態の中でも喜びを見つけて、それをご褒美に一日一日乗り切って行きたいと思います。


あ、やっぱりコロナの話になってしまいましたね。(笑)

藤井 敏彦

2020年 4月

今月は当然ウィルスのお話。

世界中の人間を不安に駆り立てる事が、これほど容易に出来るとは驚きでした。

中国で新型コロナウィルスによる肺炎が増え、同じ症状の患者が韓国と日本でも見つかる。

間もなく欧米へも飛び火が始まる。

日本では手洗い、マスク、外出を控える等の呼びかけに、

多くの市民が直ぐに対応した事の結果でしょう。

日本人はお上からの通達に、一致団結するスピードが速く、

今回はそのお陰で、発症地に近かったのに、患者数の増加が比較的緩やかだったのかもしれません。

ニュースで諸外国の患者数の増加を毎日見ていると、なかなかヤルナ日本人と思ってしまいました。

しかし、これは我々日本人には絶対出来ないというニュースを見てしまいました。


患者が急増したイタリアで、自宅待機をしていた市民が、

バルコニーや窓から国歌などの歌を歌い始めたのです。

1軒が始めると、アパートやマンションの窓がどんどん開き、家族が集まって歌い始めます。

ベランダに立ったお母さんは、台所から持って来たフライパンとナベ蓋をぶつけて伴奏をしていました。

私も築38年のマンション(約200世帯弱)に住んでいますが、自分から窓を開けて歌おうなんて思いもしません。


更にこの歌声はお隣フランスにも飛び火したそうで、

夜になると最前線にいる医療関係者に感謝をしようと、アパートの窓から歌やエールを送り始めました。

同じ状況下でも国民性の違いをまざまざと見せつけられた思いです。

仕事より日々人生を楽しむことを大切にする。

食べて、歌って、毎日の生活を楽しむのが人生のすべて、

こんな国民性の人々がワインを造ると、理論を越えた味わいが生まれるのかもしれません。

藤井 敏彦

 

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